« 一歩前に進む勇気がほしい | トップページ | ストップ!児童労働 »

2008年9月19日 (金)

衝撃的だった初訪問

 私とカンボジアのお付き合いは十三年前にさかのぼる。1995年6月、「日本・カンボジア交流協会」という支援団体が創設され、私は当初からその団体の中核として活動していた。そして、初めてのカンボジア訪問は同会主催のスタディツアー、同年11月末から12月にかけて実施された4泊6日の旅だった。以後毎年5~6回のペースでカンボジアを訪問しているから、訪問回数は多分70回を超えていると思われるが、印象深いのはやはり初訪問の旅だ。

 それまで海外旅行は何度か経験していたが、途上国への旅は初めて、ましてや当時まだ内戦が完全に終わっていない国、恐いもの見たさもあって不安と期待が入り混じり、恐る恐る首都プノンペンの国際空港へ着いた。国際空港といっても日本のローカル空港より小さく、当時まだ便数も少なく静かな空港だった。

 薄暗い空港を出、プノンペン市内のホテルに向かうバスから見えた街の光景は十三年経った今でもはっきりと目に焼きついている。とにかく暗い。空港から市街地をつなぐメインストリートなのに街灯が見当たらない。街に入っても信号がない、ネオンがない、広告らしき看板もほとんどない。

 次に驚いたのが、家族全員と思われる大勢が小さなバイクに鈴なりで乗っている光景。多い時は6~7人が乗っていた。今でも時々見かけるが、最近は少し規制されたのかせいぜい3~4人、日本では原付きは2人乗りもできない。

 滞在中、アンコールワットを訪れた。そこで目にした光景は忘れたことがない。地雷にやられたのだろう、手や足を吹き飛ばされた幼ない子ども達が参道にすわり、物乞いしていた。今でこそ地雷を踏んでケガをする子どもは少なくなったが、当時は1日に数十人もの農民や子ども達が犠牲になっていた。テレビや写真で見て知ってはいたが百聞は一見にしかず、目の当たりにすると心が勝手に動くものだ。

 この子達は多分学校へ行かせてもらえないのだろう、せめて学校だけは行かせたい。そんな感情が芽生えた瞬間、私は行動する人間に生まれ変わった気がする。理屈はいらない、心があるだけでもダメ、とにかく行動あるのみ、そうすれば共感して資金を出してくれる人がかならず現れる。この子達を救いたいがため、私は来る日も来るも募金に明け暮れた。その甲斐あって、1997年、私が所属した団体は地雷などで障害者になってしまったカンボジア人のための職業訓練所を立ち上げ翌年には運営を開始、被害に遭った多くの人たちがその恩恵を受け、手に職を持ち自立していった。

 運営が順調になったことを見越して私はそこを辞め、2000年1月に現在代表を務めるNPO法人「21世紀のカンボジアを支援する会」を創設し、今に至っている。

          9月19日    代  表    根 岸 恒 次

919

|

« 一歩前に進む勇気がほしい | トップページ | ストップ!児童労働 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 衝撃的だった初訪問:

« 一歩前に進む勇気がほしい | トップページ | ストップ!児童労働 »