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2012年7月

2012年7月20日 (金)

成長の影にかくれた貧農の子供たちに光を

ふれあいの旅でカンボジア・プノンペンを訪問中、東南アジア諸国連合(ASEAN)の会合が開かれていた。開催した国際会議場が宿泊したホテルに近いため、道路規制が多くて大変だった。日米中韓の外相らが参加するASEAN地域フォーラムには、米国のクリントン国務長官や日本の玄葉外務大臣も参加していた。

その二週間前には、日本の皇太子殿下がカンボジアを親善訪問された。プノンペンでは十九年前、カンボジアで国連ボランティアとして活動中、武装集団に殺害された中田厚仁さん(当時25歳)の慰霊碑に献花された。

一昔前、内戦に明け暮れ国内のことで精一杯のカンボジアだったが、最近は平和になり、多くの方々が訪問するようになった。

近年、中国の色濃いカンボジアだが、今に至るまでの日本の支援は絶大なものである。ODA(政府からの無償援助)、民間NGO団体の草の根支援を両輪として、日本はカンボジアの平和と発展に大きく貢献してきた。

本会も、ささやかではあるが、カンボジアの発展に寄与し、両国の友好親善に役立ってきた。特に、貧しい家庭にある子どもたちが学校で勉強できるようにと創設した「クメール教育里親基金」では、この十年間で千人以上の子どもたちを教育支援し、今に至っている。

先日もふれあいの旅で、支援する教育里子の家を訪問したが、両親が離婚して母親は朝早くから夜遅くまで縫製工場で働き、里子を含む三人の子どもたちはおかずを買うお金がないので、米に塩をかけて空腹を紛らわせていた。

カンボジアの経済成長には間を見張るものがあるが、発展の恩恵を享受することができずにいる、沢山の貧農の子どもたちを忘れてはいけない。国境を越え、これからも支援を続けていきたい。

2012年8月1日  根岸恒次

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ASEANの会合が開かれたプノンペン市内の国際会議場

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2012年7月 6日 (金)

日本企業のカンボジア投資が加速

カンボジアへの日系企業の投資が加速している。

カンボジアへの外国投資の窓口となるカンボジア開発評議会によれば、昨年の日系企業の投資は十九件で、一昨年の六件を大きく上回った。今年はさらに活発で、昨年以上の投資実績が期待される。

五月、カンボジアの首都プノンペン郊外にある経済特区へ行ってみた。二年前に訪れた時は更地だったが、日系企業では味の素の工場が操業していた。ヤマハも近々工場を建設するそうだ。ついでにシハヌークビルで建設中の日本の工業団地へ行ってみたら、造成がほぼ終了、進出第一号として、王子製紙グループの現地法人が段ボール製造工場の建設を決めた。

日系企業の進出は、カンボジア経済の発展に寄与するばかりか雇用の創出が貧困を削減する結果となり、大きな国際貢献につながる。

また、日本側すれば、円高や東日本大震災などにより、日本の国内企業が海外に活路を見出す必要に迫られている事情も否定できない。

いずれにせよ、これからは国境を越えた企業活動がさらに活発になり、投資ブームに押されてカンボジアを訪れる日本人が急増するものと思われる。

反面、過度な投資ブームに便乗し、根拠のない投資話が横行していると、国民センターが注意を喚起した。特に、最近ユネスコ世界自然遺産に登録されたカンボジア唯一のリゾート地「シハヌークビル」の不動産の権利を買うことができると持ちかけられ、大金を支払ったものの、その後仲介業者と連絡が取れなくなったケースが多くあるそうだ。

カンボジアと日本の文化交流も盛んになってきた。

二月十六日~十九日、「日本カンボジア絆フェスティバル2012」がプノンペンの「カンボジア・日本人材開発センター」で開かれ、武道や映画など日本の文化が紹介された。カンボジア人や在留邦人、四千五百人が会場を訪れ、交流をはかった。>

カンボジアは日本と同じ仏教の国。人々の考え方や社会構造も似通っていて双方親しみ易い国民性を持つ。

両国とも、戦争・内戦といった暗い過去を持つが、これからは平和を愛し、明るく前向きにお付き合いしていきたいものである。

2012年7月1日 根岸恒次

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プノンペンの 郊外の経済特区で創業を始めた「味の素」の工場

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国籍変更には決意と覚悟が必要

お笑い芸人の猫ひろしさんがマラソンでロンドンを目指すため日本国籍を捨ててカンボジア国籍を取得したという。意外なところでカンボジアが話題になり、嬉しいやら恥ずかしいやら。カンボジアに住んでもいない日本人がそう簡単に国籍を取得できるのだろうか、不思議でさえある。

日本国籍の取得に必要な条件はかなり厳しい。日本に5年以上住んでいること、生活に困らない安定した収入や資産があること、犯罪歴がないこと、日本政府に敵対していないことなどだ。借りにカンボジア国籍取得の条件が同じなら猫さんの国籍取得はまず不可能だ。

国籍を変えることについて、作家の曽野綾子さんが雑誌の中で「あまりに軽い」と批判していた。ロンドン五輪終了後、猫さんが再び日本国籍を取得するようなら、結果としてカンボジアという国を愚弄したことになり、日本人としても恥ずかしい行為と言わざるをえない。

曽野さんは、何もかも恵まれた環境にあるスイスの国籍を捨て、ハンセン氏病の元患者だった人達の生活を助けるため、アフリカのアンゴラという国の国籍を取得したスイス人医師を例にあげ、国籍を変えることに決意と覚悟が重要である事を強調していた。

カンボジアは、日本人が国籍を取得するにはまだまだ不安定な国だ。仮にカンボジアで戦争が勃発しても、日本政府は在留邦人のみいち早く救出に向かうが、その時、猫さんがカンボジアにいても救出されることはない。

どこまでもカンボジアの人達と運命を共にするわけだ。

年金も国保も生活保護もなく、救急車も消防車も全て有料のカンボジア、地方に行けば電気なし、水道なし、ガスなし、トイレなし、ないないずくしのカンボジア。日本は原発事故、地震や津波があって、決して住みよいとは言えないが、それなりに豊かさを享受できて、とても素晴らしい国だと思う。これらは外国へ出てみないと分からない。日本人として生まれてきたことに感謝しつつ、私たちにできることは何かを真剣に考えていきたい。

2012年5月1日 根岸恒次

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真剣な眼差しで勉強するカンボジアの子どもたち

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