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2012年9月18日 (火)

定年後の生き方について

過ぎ去ってみれば、人生は長いようで短く感じるものだ。子どもの頃は1年が長かった。しかし齡を重ねるにつれ、1年が短くなった気がする。50代~60代は更に加速がつき、アッという間に、私も初老といわれる年代を迎えた。

私と同年代の、友人や知り合いの多くが定年を迎えた。かつては緊張感あふれる戦場で戦っていた同志が、今や家人から厄介者扱いを受け、日中あてもなく路上をさまよっている諸兄を数多く知っている。

一昔前は平均寿命が50~60才だったから、定年後、割と早くお迎えがきて、いわゆる余生という時間的余裕が殆どなかったが、最近は平均寿命が延び、定年後20年~30年も生きることが可能になった。戦争に行かずにすむ平和を感謝、医学の進歩に感謝。

しかし、定年から棺桶に入るまでの長い余生の生き方までは誰も教えてくれないわけだから、天が与えてくれた有効な時間帯をどのように過ごすべきか、自分で模索しつつ、自分で決定しなければならない。

私の場合は、定年を経験することがなかった。50才の時勤めていた団体を自主退職、その後起業して会社のオーナーになった。小さな会社だったが、それなりに利益をあげていたが、あることがきっかけで会社を閉鎖することになった。その年が偶然にも60才だったので、事実上、60才で定年を迎えたことになった。

善意ある多くの皆様からの支援のもと、私が51才のときに立ち上げた「21世紀のカンボジアを支援する会」が大きく成長した。会の財政は常にひっぱくしてはいるが、必要とされる喜びを感じ、感謝の中で忙しい日々を過ごすことができることは幸せなことだ。

同会のほかにも2つのNPO法人の代表を務めさせていただき、定年後やることが見つからなくて、虚しい日々を過ごしておられる諸兄には申し訳なく思うが、自分なりに努力した結果だから仕方のないことだ。

余生とはいえ、これまた長いようで短い人生のラストのページ、健康で生きているうちは生涯現役をモットーに、社会との関わりを大事にし、私を必要としている人たちがいる限り、全力投球したいと願っている。

2012年9月1日 根岸 恒次

Brogphoto
教育支援している高校生の里子と。

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