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2012年12月

2012年12月26日 (水)

犬におせち料理はいかがなものか

 今年の1月に、カンボジアに井戸を作ってくれる予定の愛知県にお住まいのSさんが、井戸の建設代金を持参し先日、当会の事務局に来られた。その方は私と同じ団塊の世代で、子どもの頃、家には水道がなく、ずっと井戸水を使っていたそうだ。時に井戸水が枯れると、あちこちに行って水を分けてもらい、命をつないで生きてきたそうだ。そんな幼い時の経験から、水で苦労しているカンボジアの人たちのため、井戸の寄贈を思い立ったという。

 カンボジアで井戸建設を始めて10年経った。この間、220基もの井戸を作り、水不足に悩む農村の人たちに水を提供してきた。1年間、約20基のペースで作ってきた計算だ。

 井戸の建設にかかる経費は、現在16万円(ネームプレート代金を含む)、決して安くない金額だ。贅沢したい気分をこらえて、こつこつ貯めてくれた方も多い。家族ならまだしも何ら縁のない、見ず知らずの遠い他国の人たちのため、大金を寄付してくださる日本の皆さんに、カンボジアの人たちはとても感謝している。
 
 団塊の世代の多くは、子供の頃、すでに水道が引かれていた。幸いなことに、私の家は決して豊かではなかったが、水道だけは敷設されていた。この私でさえ、水道のある家が当たり前と思って育ってきたのだが、ましてや最近は水道水はまずいのか、とうとうペットボトルの飲料水を買う時代になった。

 日本に住んでいると、水に限らず、すべてにおいて日本がいかに恵まれている国ということが、わからなくなってしまう。水道水が飲める国など世界に2~3ヶ国だけなのに、その水さえ飲まず、買って飲む国は世界中、どこにもないだろう。

 先日、おせち料理のニュースを聞いておどろいた。人間ならともかく、最近はペットである犬のおせち料理が飛ぶように売れているという。値段も6千~8千円と、決して安くない。動物愛護を否定するものではないが、物には限度がある。世界に目を向ければ、明日にでも餓死寸前の子どもたちが五万といるアフリカ諸国、隣国の北朝鮮も、民衆の多くは飢えに苦しんでいる。

 犬には、おせち料理の美味しさはわからない。ドッグフードで間に合わせ、余ったお金は飢えに苦しむ世界の子どもたちに回せないものだろうか。

2013年1月1日      根岸恒次(法人理事長)

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ペットボトルを持ってきて、井戸水を家庭に運ぶ地域住民(写真提供=遠藤 啓様)

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2012年12月14日 (金)

日本とカンボジアをつなぐ架け橋になりたい

 12月11日、静岡県沼津市に住む武藤滋先生と、赤澤節子さんを訪問した。当会会員である遠藤啓さん(同県伊豆の国市)、遠藤和男さん(同三島市)、岡本知美さん(横浜市)が同行してくれた。

 武藤先生(元外科医)は85歳、当会にとって、恩人のような人だ。
 2003年3月、当会初のカンボジア小学校校舎建設は、武藤先生の資金協力で実現した。同時に、奥様(笑子さん・故人)も校舎を作ってくださった。以降、この10年間で19の校舎を寄贈、来年10月には、20校目の校舎建設が内定している。
 
 武藤先生は校舎が完成した年に、現地での活動が順調に行くようにと、新車のピックアップカーを寄贈してくれた。10年後の今も、時たま故障はすれどいまだ現役で活躍している。
 ちなみに、カンボジアでの井戸建設は、武藤先生が校舎を寄贈したチアシム小学校が第1号、以後10年間で220基の井戸をカンボジアの小学校や村に寄贈した。

 当会は2000年1月に創設したが、本格的な活動は2003年から始まったといえる。NPO法人を取得したのも2003年、来年4月には、NPO法人化10周年を記念して、イベント開催を予定している。
 現地活動の礎を築いてくれた武藤先生だが、先生の傍らで惜しみなく協力してくれていたのが赤澤節子さんだ。生涯独身を貫き、武藤先生とともに長年医療活動に専念したベテラン看護師さんだった。カンボジアにも2回訪問し、里親として支援してくれた。
 
 その赤澤さんが今年5月、くも膜下出血で倒れ、今は沼津市内の介護付き住宅で暮らしている。もっと早くに訪問する予定だったが、諸般の事情で延びてしまい、やっと11日に訪問することができた。赤澤さんは、元気な時だった頃の面影こそ薄れたが、たどたどしいながらも会話でき、帰りには車椅子の身ながら玄関まで見送りに出てくれた。来年、桜が咲く頃の再訪問を約束し、お別れした。
 
 当会はこの12月、創設後丸13年が経過した。この間、数え切れないほどのあたたかなご支援を頂戴した。支援者にはすでに亡くなった方も多い。「理事長さん、よくここまで頑張ってきましたね」と言われるが、私は単なる仲介者であり、日本とカンボジアを結ぶ1本の架け橋にすぎない。感謝、感謝と心で叫びつつ、12月11日、満64歳の誕生日を迎えた。

2012年12月15日       根岸恒次(法人理事長)

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左から、遠藤啓さん、武藤先生、根岸、遠藤和男さん(武藤先生自宅前で)

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2012年12月 3日 (月)

里子のサン・リナーちゃん、交通事故死

 カンボジアの牛はおとなしくて、愛くるしい大きな目が特徴的だ。                                         
 まだ耕耘機の少ないカンボジアの農村では、今でも牛が農作業の中心、牛の世話をするのが子どもたちの役目だ。
 ところが、おとなしい牛も、時に悪魔に豹変する。
 
 10月17日、アンコールワットのあるシェムリアップ州とカンボジアの首都、プノンペンをつなぐ国道6号線で、事故は起きた。突然飛び出した牛の群れを避けようと、大型バスがハンドルを切った瞬間2人乗りバイクに接触、バイクは転倒して1人の女の子が死亡した。長年、クメール教育里親基金が支援してきたサン・リナーちゃん(フンセン・バーコン高校2年生)だった。カンボジアの新学期は10月、高校2年生になったばかりのサン・リナーちゃんは、友人のバイクに乗せてもらい、通学途中だった。
 
 交通事故は、カンボジアで大きな社会問題になっている。人口が1、500万人のカンボジアで、年間の交通事故による死者は2011年の統計で約1、200人、日本との比較ではかなり多い数だ。

 道路や標識が未整備にもかかわらず、車の数が急激に増加、信号も少ないので、国道では高速道路並みのスピードを出す。交通規則を守らない人も多く、カンボジアへ行った人なら、危険な運転(特にバイク)を見かけたことは1度や2度ではないはずだ。

 日本では、一時は年間1万人を超えていた交通事故死者数が、今は6千人程度になった。反面、自殺者数が13年連続で3万人を超えており、いじめによる自殺者数も増えている。(カンボジアで、いじめによる自殺のニュースは聞いたことがない)

 将来は会社員になりたいと、夢を語っていたサン・リナーちゃんの冥福を祈るとともに、交通事故の犠牲者がなくなるよう、カンボジアの人たちには交通ルールを守り、スピードを出さないように指導してほしいものだ。

2012年12月1日       根岸恒次(法人理事長)

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亡くなったサン・リナーちゃん

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