« 里子のサン・リナーちゃん、交通事故死 | トップページ | 犬におせち料理はいかがなものか »

2012年12月14日 (金)

日本とカンボジアをつなぐ架け橋になりたい

 12月11日、静岡県沼津市に住む武藤滋先生と、赤澤節子さんを訪問した。当会会員である遠藤啓さん(同県伊豆の国市)、遠藤和男さん(同三島市)、岡本知美さん(横浜市)が同行してくれた。

 武藤先生(元外科医)は85歳、当会にとって、恩人のような人だ。
 2003年3月、当会初のカンボジア小学校校舎建設は、武藤先生の資金協力で実現した。同時に、奥様(笑子さん・故人)も校舎を作ってくださった。以降、この10年間で19の校舎を寄贈、来年10月には、20校目の校舎建設が内定している。
 
 武藤先生は校舎が完成した年に、現地での活動が順調に行くようにと、新車のピックアップカーを寄贈してくれた。10年後の今も、時たま故障はすれどいまだ現役で活躍している。
 ちなみに、カンボジアでの井戸建設は、武藤先生が校舎を寄贈したチアシム小学校が第1号、以後10年間で220基の井戸をカンボジアの小学校や村に寄贈した。

 当会は2000年1月に創設したが、本格的な活動は2003年から始まったといえる。NPO法人を取得したのも2003年、来年4月には、NPO法人化10周年を記念して、イベント開催を予定している。
 現地活動の礎を築いてくれた武藤先生だが、先生の傍らで惜しみなく協力してくれていたのが赤澤節子さんだ。生涯独身を貫き、武藤先生とともに長年医療活動に専念したベテラン看護師さんだった。カンボジアにも2回訪問し、里親として支援してくれた。
 
 その赤澤さんが今年5月、くも膜下出血で倒れ、今は沼津市内の介護付き住宅で暮らしている。もっと早くに訪問する予定だったが、諸般の事情で延びてしまい、やっと11日に訪問することができた。赤澤さんは、元気な時だった頃の面影こそ薄れたが、たどたどしいながらも会話でき、帰りには車椅子の身ながら玄関まで見送りに出てくれた。来年、桜が咲く頃の再訪問を約束し、お別れした。
 
 当会はこの12月、創設後丸13年が経過した。この間、数え切れないほどのあたたかなご支援を頂戴した。支援者にはすでに亡くなった方も多い。「理事長さん、よくここまで頑張ってきましたね」と言われるが、私は単なる仲介者であり、日本とカンボジアを結ぶ1本の架け橋にすぎない。感謝、感謝と心で叫びつつ、12月11日、満64歳の誕生日を迎えた。

2012年12月15日       根岸恒次(法人理事長)

121215brog_3
左から、遠藤啓さん、武藤先生、根岸、遠藤和男さん(武藤先生自宅前で)

|

« 里子のサン・リナーちゃん、交通事故死 | トップページ | 犬におせち料理はいかがなものか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本とカンボジアをつなぐ架け橋になりたい:

« 里子のサン・リナーちゃん、交通事故死 | トップページ | 犬におせち料理はいかがなものか »