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2013年2月

2013年2月20日 (水)

ポルポト裁判の真相を究明してほしい

 1975年から79年にかけ、カンボジアではポルポト率いるクメールルージュが政権の座についた。この間、ポルポト政権は強制労働や拷問などにより、病死・餓死を含め、自国民ら150万人~200万人もの命を奪った。

 2006年、国連とカンボジア政府の共同運営により、ポルポト政権の大虐殺を裁く特別法廷が、カンボジアの首都プノンペンで始まった。特別法廷では元政権幹部の5人が起訴され、1人の終身刑が確定したが、被告が高齢化し出廷できないケースが増えていて、裁判は予想を超え長期化している。イエン・サリ元副首相の妻で社会問題相を務めたイエン・チリト被告(80)は、認知症のため裁判を受けられる状態ではないと判断され、先日特別法廷から釈放された。残る被告はあと3人となった。

 日本は、国連平和維持活動(PKO)に初めて自衛隊を派遣したのがカンボジアということもあり、特別法廷を維持する予算の44%を拠出する最大の支援国だ。しかし最近の報道では、特別法廷の運営資金が不足し、このままでは法廷が挫折しかねない状態だという。二度と同じ過ちが繰り返されないためにも、最後まで真相究明を続けてほしいと願う。

 5年ほど前になるが、ポルポト政権下で強制労働を体験した、あるカンボジア人から当時の話を聞くことができた。さらに、強制労働で連れて行かれた場所を案内してくれるというので、プノンペンのホテルから車で8時間かけて行ってみた。カンボジアの北西部、タイ国境に近いバンテイミンチェイ州にある灌漑用水だ。土手を築くため、来る日も来る日も労働に明け暮れた数年間を、彼は懐かしんでいた。野ねずみ1匹を食べたのが見つかって(食料は配給制度だった)3日間、飲まず喰わずで労働させられたそうだ。13歳だった。この灌漑用水は今も使われており、米作りに役立っているという。

 ポルポト政権崩壊から34年、カンボジアの政治は安定期に入り、経済成長も目覚しいものがある。人口も1500万人を超え、国民の半数が若い世代という、高齢化に悩むわが国から見れば、なんとも羨ましいかぎりだ。

 もちろん課題もたくさんあるが、本会が教育支援する子どもたちが将来カンボジアを担うリーダーとなり、活躍してくれることを願い、信じつつ・・・。

2013年3月1日                          根岸恒次(法人理事長)

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バンティミンチェイ州の潅漑用水 

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2013年2月12日 (火)

シアヌーク国王の国葬営まれる

 昨年10月、89歳で死去したカンボジアのシアヌーク前国王の国葬が2月4日、首都プノンペンで行なわれた。「建国の父」と国民から慕われ、尊敬と信頼を集めた前国王の葬儀には国内外から約100万人が集い、日本から秋篠宮様が、隣国タイからはインラック首相が参列した。

 前国王の遺体は北京から戻ったあとプノンペンの王宮に安置されていたが、市内を巡回したあと、4日夕、荼毘に付された。葬儀会場の周辺では多くの市民が手を合わせ、冥福を祈った。

 カンボジアは2月1日から土・日を挟み5日までを国民の休日とし、官庁をはじめ大半の会社、商店が休業した。

 1941年、18歳で国王に即位、政治の表舞台に立ち続けた前国王だが、1993年発布の新憲法でカンボジアは立憲君主国となり、国民の象徴になった。2004年に退位し、息子のシハモニが国王に即位したが、前国王の人気は衰えず、フン・セン首相といえどもその存在は無視できなかった。

 カンボジアは7月28日、新憲法発布後5度目の総選挙が行なわれる。もはや長期政権になりつつあるフン・セン首相率いる人民党が圧勝するとみられるが、政治犯が逮捕されるなど人権問題も深刻で、リベラルな勢力がどこまで伸びるか、注目されている。 

 一方、経済は好調を維持、次々に進出する外国からの工場誘致による人的需要が増し、農村では中学校や高校を中退して工場へ就職する子どもたちが後を絶たない。雇用の創出は大歓迎だが、早すぎる青田刈りは教育の荒廃につながる。 

 前国王の死去による政治的混乱はなさそうだが、精神的支柱を失った国民の空虚感は否めない。それを埋めてくれるのは、やはりフン・セン首相になるのだろうか?

2013年2月15日                         根岸恒次(法人理事長)

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悲しみのカンボジア国民(2月4日、王宮前で撮影)

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