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2013年5月10日 (金)

101歳の長寿を全うし旅立った父を偲ぶ

 個人的なことで恐縮だが、4月30日の夕方、実父が亡くなった。101歳、老衰だった。長寿を全うし、父もさぞかし満足の人生だったに相違ない。

 昨年秋の敬老の日には地元の市長さんが自宅を訪問してくれ、内閣総理大臣から表彰状をいただいた。まだ元気だった父は満面笑みを浮かべ、表彰を心から喜んでいた。

 父は明治45年1月10日、埼玉県寄居町に生まれたが、奇しくも亡くなった場所が寄居町にある介護施設だった。1世紀を経て、元に帰ってきたのである。
 明治45年は今から約1世紀前だが、この年に明治天皇が崩御され、大正元年を迎えた。前年の明治44年には、タイタニック号の海難事故が起きている。

 父は小学生の時関東大震災を経験、太平洋戦争では2年間兵役に就いた。高等小学校を卒業すると地元の鉄道会社に勤務、56歳で定年退職するまで40年間、鉄道マンとして働き、私を含む4人の子どもを養ってくれた。
 小学校低学年の頃、父は私に、よく本を読んでくれた。父が帰宅すると、なにより本を読んでもらうのが楽しみだったことを記憶している。
 中でも、野口英世の伝記が好きだった。思えばあの時、野口英世のように世界の貧しい人たちのため尽くしたいという願望が、子ども心に芽生えたのだろうか。

 あれから半世紀、今私は国際協力の分野で活動している。野口英世のように医者にはなれなかったが、世界の貧しい子どもたちのため、少しはお役に立てているかなと自負している。

 父は国際協力には殆ど理解が無かった。しかし、私にその動機を与えてくれたことで、父の精神が途上国で花開き、実を結んだ。私の息子も国際協力の活動に参加しており、父から子へ、そして孫へと、その気持ちが伝わっている。

 人生、長く生きて100年、平均年齢は男性が80歳、女性が86歳だ。この間にできることは限られているからこそ、次世代に継承することが大事である。
 私は今64歳、あと20年は頑張れるかな?と思う反面、この世はいつ何が起きるか分からない。明日の命を保障してくれる人は誰もいないのだ。まずは今日、人としての誇りを持ち、恥ずかしくない一日を過ごしたいと願っている。

2013年5月15日                         根岸恒次(法人理事長)
Brog130510
父の葬儀で喪主としてあいさつをする(写真提供=遠藤 啓様)

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