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2014年1月

2014年1月27日 (月)

政治デモと賃上げ闘争が微妙に絡んで

  1月3日、カンボジアのプノンペン郊外で、賃上げを求めてストライキを続ける縫製工場労働者らに警察官が発砲、5人が死亡し数十人が負傷するという惨事が起きた。

  カンボジアでは縫製業は主産業の一つだが、昨年末から約500の工場で労働者らが最低賃金大幅引き上げを求めるストを繰り返していた。現行では80ドルの最低賃金を一気に150ドルへの大幅な引き上げを要求している。
 発砲により多数の死者が出たことに対し、米国国務省も声明で労働者側と政府の双方に自制を求めた。

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【デモ隊の車両を取り囲む警察官】

  カンボジアでは、昨年7月に行なわれた国民議会選挙に不正があったとして、野党側(救国党)が選挙の無効を訴えて毎週のように抗議デモを行なっている。野党側は議会をボイコット、選挙から半年以上が経過した今でも、国民議会が開けない異常な事態が続いている。
 国民が崇拝するシハモニ国王による仲介も、今のところ功を奏していない。

  ここにきて、政治デモと賃上げのストが微妙に絡んで様相は更に複雑化、カンボジアは大きな試練を迎えている。

  1月3日の労働者制圧は、韓国が要請したものだったという疑惑も浮上してきた。韓国資本の企業が賃金の安い労働者を雇い、先進国向けに衣料品を大量生産している。デモが激化して賃上げが通れば韓国企業には大きな損失であるため、カンボジア政府に鎮圧を要請したという。

  順調に経済発展してきたカンボジア、ここにきて大きな正念場を迎えた。混乱を避けて正常な政権運営を望む与党側(人民党)と、賃上げ闘争に不正選挙を絡ませて闘う姿勢を崩さない野党側(救国党)、国王の再仲介があるのか、しばらくは目が離せない情勢が続くようだ。

2014年2月5日 根岸恒次(法人理事長)

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2014年1月20日 (月)

立派なトイレをありがとうございました

  1月12日~18日、福島県二本松市の「二本松ロータリークラブ」の皆さんを中心に、7人がカンボジアを訪問してくれた。

  一行は13日、昨年も訪問したカンボジアのプレイベン小学校(コンポンスプー県・生徒数=600人)を再訪問、昨年の訪問時に生徒たちから要望のあったトイレ棟(4人用)を贈呈した。

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【完成したトイレ棟の前で生徒たちと】

  同小学校にはトイレがなく、子どもたちは不自由な学校生活を強いられていたが、立派な大型トイレが完成し、大いに喜んでいた。
併せて、生徒たちにボールペン、学校に教育資金を寄付してくれた。

  その日の午後には「夢ホーム」を訪問、昼食しながら子どもたちと交流、子どもたちにボールペン、衣類、お菓子などをさしあげた。夢ホームには、子どもたちに教育資金を寄付してくれた。

  14日は、里子の家を2ヶ所訪問した。特に、「二本松ロータリークラブ」の安斎秀雄さんが新規に里親になってくれ、この機会に里子の家を訪問したが、かなり遠方であったためホテルに戻れたのが午後9時を回っていた。

  15日~16日には、夢ホームに近いローロッ小学校(コンポンスプー県)で桑原淑子さん(二本松市在住、里親会員)ら3人が鍵盤ハーモニカ奏法指導を行なった。16台の鍵盤ハーモニカを持参、15人の生徒と1人の先生を対象に、両日の午前中(1時間半)みっちりと音楽指導した。
桑原さんら3人は夢ホームにも2泊し、子どもたちと踊りや音楽を指導してくれ、お米(2袋)を寄付してくれた。

  17日~18日はアンコールワット観光やウドン観光を楽しみ、その晩、帰国の途についた。

  昨年の同時期に続き2度目の訪問、来年も訪問を予定している。

2014年1月25日 根岸恒次(法人理事長)

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2014年1月14日 (火)

18年間、お疲れさまでした!

  1995年1月よりカンボジア大使館に勤務していた山本哲朗さん(91)が、昨年10月末日に退職した。

  出会いのきっかけは1枚の新聞記事だった。

  東京・赤坂にあるカンボジア大使館は内戦の影響で長期にわたり閉鎖していたが、91年に紛争各派が和平合意、93年に初の民主選挙実施後誕生した新政権のもと、94年にカンボジア大使館がオープンした。

  初代大使として赴任したトウロン・メアリー氏のことが日本の新聞に掲載され、興味を持った山本さんが大使館を訪問、トウロンメアリー大使に会った。

  大使から「日本人スタッフがいないので苦労している。大使館に来てくれませんか?」とラブコール。「私のような者でお役に立てれば」と大役を引き受けた。勤務と言っても大使館に給料を支払う余裕なく、事実上ボランティア活動だった。

  約18年の間、4人のカンボジア大使に仕えたが、初代大使のトウロン・メアリー氏とは今でも親交がある。元大使が用事で来日すれば、必ずお会いして食事会を催した。

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【シハヌーク国王(故人・右)と握手する山本哲朗さん(左) ~1995年5月17日 シェムリアップの国王別邸にて~】

   山本さんが18年間の思い出を話してくれた。

  最も印象深かったことの一つが、民間人で国際協力に貢献した人を表彰するメンバーに加わり95年5月、シェムリアップの国王別邸でシハヌーク前国王(一昨年逝去)にお会いしたこと。

  前国王が「あなたはいくつか?」と言われたので「あなたと同じです」と答えたら「おまえは私の兄弟だ」と言い、強く抱きしめてくれた。

  二番目に印象に残っているのが、東日本大震災の日のこと。大使館にいた山本さんは、首都圏の交通網がストップしたため自宅の西東京市まで、歩いて帰宅したそうだ。家に着いたのが午前2時だった。

  その日、以前お世話したことのあるカンボジア人女性(カンボジア在住)が大使館に電話をかけて山本さんの自宅の電話番号を聞き出し、電話連絡取れずに不安だった山本さんの奥様に「ご主人は歩いて帰宅中なので、心配しないで」と国際電話してくれたそうだ。(国際電話は影響がなかった)

  このエピソードを、大使館が主催してくれた山本さんの送別会で話したら、大使が「カンボジア人は一度受けた恩を忘れない民族です」と話した。

   山本さんは、最近まで「日本カンボジア協会」の事務局長を長年務め、戦後における日本とカンボジアの橋渡しをしてくれた。また、本会発足以来理事として、大使館と本会の繋がりを強固にしてくれた。今後は本会理事として、カンボジアと関わっていきたいと話している。

2014年1月15日 根岸恒次(法人理事長)

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