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2014年1月14日 (火)

18年間、お疲れさまでした!

  1995年1月よりカンボジア大使館に勤務していた山本哲朗さん(91)が、昨年10月末日に退職した。

  出会いのきっかけは1枚の新聞記事だった。

  東京・赤坂にあるカンボジア大使館は内戦の影響で長期にわたり閉鎖していたが、91年に紛争各派が和平合意、93年に初の民主選挙実施後誕生した新政権のもと、94年にカンボジア大使館がオープンした。

  初代大使として赴任したトウロン・メアリー氏のことが日本の新聞に掲載され、興味を持った山本さんが大使館を訪問、トウロンメアリー大使に会った。

  大使から「日本人スタッフがいないので苦労している。大使館に来てくれませんか?」とラブコール。「私のような者でお役に立てれば」と大役を引き受けた。勤務と言っても大使館に給料を支払う余裕なく、事実上ボランティア活動だった。

  約18年の間、4人のカンボジア大使に仕えたが、初代大使のトウロン・メアリー氏とは今でも親交がある。元大使が用事で来日すれば、必ずお会いして食事会を催した。

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【シハヌーク国王(故人・右)と握手する山本哲朗さん(左) ~1995年5月17日 シェムリアップの国王別邸にて~】

   山本さんが18年間の思い出を話してくれた。

  最も印象深かったことの一つが、民間人で国際協力に貢献した人を表彰するメンバーに加わり95年5月、シェムリアップの国王別邸でシハヌーク前国王(一昨年逝去)にお会いしたこと。

  前国王が「あなたはいくつか?」と言われたので「あなたと同じです」と答えたら「おまえは私の兄弟だ」と言い、強く抱きしめてくれた。

  二番目に印象に残っているのが、東日本大震災の日のこと。大使館にいた山本さんは、首都圏の交通網がストップしたため自宅の西東京市まで、歩いて帰宅したそうだ。家に着いたのが午前2時だった。

  その日、以前お世話したことのあるカンボジア人女性(カンボジア在住)が大使館に電話をかけて山本さんの自宅の電話番号を聞き出し、電話連絡取れずに不安だった山本さんの奥様に「ご主人は歩いて帰宅中なので、心配しないで」と国際電話してくれたそうだ。(国際電話は影響がなかった)

  このエピソードを、大使館が主催してくれた山本さんの送別会で話したら、大使が「カンボジア人は一度受けた恩を忘れない民族です」と話した。

   山本さんは、最近まで「日本カンボジア協会」の事務局長を長年務め、戦後における日本とカンボジアの橋渡しをしてくれた。また、本会発足以来理事として、大使館と本会の繋がりを強固にしてくれた。今後は本会理事として、カンボジアと関わっていきたいと話している。

2014年1月15日 根岸恒次(法人理事長)

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コメント

前略、根岸恒次理事長
初めて訪問させて頂きました。
この日のブロクの山本哲朗ご夫妻が来沖の際にいつもご利用頂いております。

私、名護市内でかっぽう山吹という店を営む新里江利子と申します。

山本さまご夫妻とは8年以上お付き合いをさせて頂き大使館にお勤めの事などもお伺いしておりました。
今回3年ぶりに私共山吹へお越しになり、お元気なご様子にとても嬉しい時を過ごさせて頂きました。
私、拙い女将さん日記をつけております。
山本ご夫妻やお嬢様にも3度登場頂きました。
今回はネット検索で根岸理事長のブログを拝見しました。
山本様の退官のご様子を添付させて頂きたくメールをしています。

差し支えなければ是非二三日うちの日記にあなた様のホームページを添付したいと考えております。

宜しければ簡単にお返事だけで結構ですから頂けたら幸いです。

山本さま、そして素晴らしいブログに出逢えた事に心から感謝して。

長々のメールお読み頂きありがとうございます。
感謝 山吹女将 新里江利子

投稿: 新里江利子 | 2014年4月15日 (火) 22時18分

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