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2014年6月18日 (水)

日本とカンボジアの深いつながり

 日本とカンボジアの関係は、昔から深いつながりがある。
 遡ること17世紀、当時の日本は朱印船貿易が盛んだった。東南アジア各国に多くの日本人が渡り、各国に日本人街が形成された。カンボジアにも数百人の日本人がいたといわれている。その頃、カンボジアからカボチャが運ばれてきたらしい。
 アンコールワットに行くと、当時の日本人が、天竺と間違えて落書きをしたためた跡がいまも残っている。森本右近太夫一房という武士だ。

 先の大戦では、1940年~41年にかけて行なわれた日本軍の仏印進駐により、カンボジアも一時日本の支配下に入ったが、他国でみられた日本軍による略奪や殺戮は、カンボジアでは起きなかったそうだ。

 大戦が終わるとカンボジアは再びフランスの支配を受けるも、建国の父・シハヌーク前国王の粘り強い交渉の末、1953年、カンボジアは完全独立を果たした。
 しかしそれもつかのま、冷戦のあおりを受けカンボジアも内戦状態に。ロンノル政権→ポルポト政権→ヘンサムリン政権(日本など西側諸国は承認せず)と交代し、1991年、パリ和平協定によりやっと内戦が終結、カンボジアは国際社会に復帰した。

 日本とカンボジアは、1955年に友好条約が結ばれて以降、ポルポト政権の時代を除き一貫してカンボジア支援を行なってきた。カンボジアが受けた二国間援助の4割を日本が占めており、最大の援助国になっている。

 カンボジア支援の象徴として、2つの橋がある。1996年に完成した「日本橋」と、2000年に完成した「きずな橋」。特に「きずな橋」は友好の証として、カンボジア紙幣に印刷されている。また、ベトナムに通じる国道1号線(メコン川)にも橋を建設中、来年完成が予定されている。有償・無償資金協力・技術協力の累積援助額は、2300億円を超えた。

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【メコン川に架けられた きずな橋(コンポンチャム県)】

 このように、戦後一貫して援助してきた日本の取り組みが評価され、カンボジアの人たちには親日家が多い。東日本大震災のときも、カンボジア政府をはじめ、多くのカンボジア人から多額の義捐金や励ましのメッセージが寄せられた。

 勿論、政府開発援助(ODA)だけにとどまらず、我々NGO団体による民間レベルの支援にも大きいものがある。また最近は、民間企業による投資や工場誘致の動きが活発になり、カンボジアに住む日本人も増加している。

 日本とカンボジア、国力には相当な開きがあるも、同じアジアの一員として友好関係を深めていくことが大事、そのために一石を投じる役目を果たしてゆきたい。

          2014年6月30日 根岸恒次(法人理事長)

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