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2014年11月

2014年11月28日 (金)

愛する第二の故郷「プノンペン」

 カンボジアの首都プノンペンは、私にとって第二の故郷である。1995年12月に初訪問以来、今に至るまでの訪問回数は多分100回を超えているだろう。(途中まで数えていたのだが)

 初めて訪問した当時、プノンペン国際空港から市内のホテルまでの道には街灯がなく、信号もなかった。「とんでもない所に来てしまった」と、不安と期待が交差していた。

 あれから約20年、プノンペンの昼間の人口は200万人を超える大都市に変貌した。

 橋の整備が進んでいる。プノンペン市内の大河にかかる通称「日本橋」(日本の無償援助で完成)の交通量が増えたため、日本橋と並行し中国の援助で「中国橋」が完成した。日中はここでも張り合っているのだ。

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【日本橋と並行して完成した中国橋】

 街は相変わらず建設ラッシュが続いていて、2~3の大型ショッピングモールが数年中にオープンする予定。6月にオープンした「イオンモール」もうかうかしていられない。すでに平日は閑古鳥が啼いている。

 半面、道路整備は遅れたままだ。道には歩道らしきものがなく、プノンペン市内を歩くときは、決して上を向いて歩いてはいけない。階段や段差が多く、うっかりするとつまずいて怪我をする。
 先日も、同行した日本人が階段につまずき、軽傷を負った。

 ドライバーの交通マナーも悪く、それを取り締まる筈の警察官も結構いい加減だ。交通違反の罰金は日本円にして50円~600円と幅広く、罰金は上納することなく、対応した警察官の懐へと消えていく。その証拠か?カンボジアの警察官はビール腹が多い。

 人がごったがえすマーケットを歩いて見るのも楽しいもの。「東南アジアに来た~」という印象。プノンペン市内には4つの巨大マーケットがあって、大勢のプノンペン市民と外国人客で賑わっている。

 そんなマーケットだが、滞在中、古いマーケットで大火事が発生した。出火原因は不明だが放火の噂も。古いマーケットを一掃し、大型店舗を建設しようとする一派の仕業か。

 新旧が混在する街プノンペン、アジアの喧騒をほうふつとさせる街プノンペン、高齢者には住みにくい街だが、どことなく魅かれて20年経った。

 私はプノンペン滞在中、郊外の国際空港に近いアパートで暮らしている。(本会事務所もそこにある)明日はいよいよ帰国、帰れば日本は12月、多忙な師走が待っている。モードチェンジし、張り切っていこう。(11月27日記)

          2014年12月8日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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2014年11月26日 (水)

第28回「カンボジふれあいの旅」に32人参加

 11月12日~18日、第28回「カンボジアふれあいの旅」が行なわれ、22人の本会会員が全日程に参加した。また、10人の本会会員が一部の日程に参加した。
 前週に「水祭り」を終えたカンボジアは乾季となり、日中暑かったが朝晩涼しく、快適な旅となった。

 今回の旅はカンボジア北部にある遺跡の町、シェムリアップから始まった。
 12日、韓国のインチョンとベトナムのハノイ経由でシェムリアップ国際空港に到着、その後ホテルへ。
 13日はアンコールワット観光組(A組)と、郊外の遺跡観光組(B組)に分かれた。B組では、プレアビヒア県の中学校と小学校で井戸の贈呈式にも参加した。
 特に、訪問した小学校には校舎がなく、ブルーシートのようなものを屋根代わりにしていた。生徒数66人の小さな小学校だ。

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【使わなくなったテントのシートを屋根代わりに屋外で授業を受 ける子どもたち】

 14日は、毎年訪問しているトンレサップ湖の水上生活村にある「メイチュレイ小学校」を訪問、子どもたちと交流した。校長先生から要望あり、電源として大型のバッテリー(2台)を寄贈した。
 午後からはシェムリアップからプノンペンまで大型バスで移動、7時間の長旅だった。工事のため道路が掘られ、砂埃に苦しんだ。参加者の健康のため、来年からは飛行機による移動を検討することにした。

 15日もA組、B組に分かれた。A組は完成した小学校校舎の贈呈式に参加、午後からは村に作った井戸の贈呈式に参加した。
 B組は、石川桂理事(愛知県安城市、里親会員)が校舎と図書館などを寄贈した小学校を訪問、お菓子の詰め合わせをプレゼントした。安城市より参加した6人は、その日の夜便で帰国した。

 16日は、本会が運営する児童養護施設「夢ホーム」を訪問、15人の子どもたちと交流した。
 午後はサッカー大会観戦組と、マーケットでの買い物組に分かれた。

 最終日の17日は3つの組に分かれ、教育支援する里子の家庭を訪問した。特に、初めて里子に会った里親さんは、里子の住む家や村を見て、支援の必要性をあらためて認識した。
 一行はその日の夜便で帰国、18日のお昼頃、成田国際空港に着いた。

 長いようであっという間の7日間、観光あり、ボランティア活動あり、まさに「ふれあいの旅」の名に恥じない盛り沢山の内容、満足の1週間だった。

 本会では、前回の旅より参加者のアンケートを実施、旅の感想などを聞いている。寄せられたアンケートを参考にし、更に内容の濃い旅にしていきたいと願う。

 次回(29回)の旅は3月4日~10日を予定、べトナム1泊の観光もあるので、ぜひご参加を。(問い合わせは℡03-3991-2854本会事務局へ)

          2014年12月1日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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2014年11月17日 (月)

教育里親の後藤泰二さん逝去

 カンボジアの貧しい子どもたちが学校に行くことができるようにと、本会が2003年に開始した「クメール教育里親基金」の里親会員として、長年カンボジアの子どもたちをサポートしてくれた後藤泰二さん(群馬県桐生市)が病気で亡くなった。82歳だった。
 同郷の佃井庸八副理事長の紹介で本会に入会、一昨年3月の「第20回カンボジアふれあいの旅」には夫婦で参加してくれた。

 郵便局員だった後藤さんは社交的で明るい性格、群馬弁がとても印象的だった。
 後藤さんは日本男性の平均寿命まで生き、しかも晩年には貧しい子どもたちのために尽くしてくれ、天命を全うされた。かっこよい最期だった。

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【「カンボジアふれあいの旅」に参加してくれた後藤泰二さん(最前列の中央)】

 死~あまり考えたくないテーマだが、人は生まれてきた以上、いつか死ぬことになっている。その時期は誰も分からず、生まれて2~3日で亡くなる赤ちゃんもいれば、私の父親のように101歳まで生きる人もいる。
 12年前、私は姪(35歳)とその長女(8歳)を同時に交通事故で亡くし、命のはかなさを痛感した。それ以降、いつ死んでも後悔しないよう、一日一日を精一杯生きてきたつもりである。

 高齢者といわれる年まで生きることができた人々は幸いである。特に戦前・戦中・戦後の苦労を体験された70代~90代の方々にはねぎらいと敬意を表したい。

 しかし時代は大きく変わり、子どもが年老いた親の面倒を見るという習慣がなくなった。特に金銭面では、年金と貯金を切り崩しながらの生活を余儀なくされるも、高齢者の皆さんは貯金も多く、それなりに豊かな生活を享受している。

 このような高齢者を狙って、振り込め詐欺の被害が後を絶たない。あれだけ注意喚起されていても被害額は年々増加、1日に1億4千万円にもなるそうだ。カンボジアで小学校を1棟寄贈すると約600万円かかるが、1日の被害額で、校舎が24棟完成する。カンボジアの校舎不足も、これで一気に解決だ。

 今年はカンボジアで4棟の校舎を建設することができたが、そのうちの3棟が、亡くなったかたの遺言(又は亡くなった方の遺志)で建てられた。しかしこれらは希有な事例であり、
多くの遺産は相続する配偶者や子どもたちの懐に入るのが通例だろう。
 やはり、生きているうち、良いことのためお金を使うべきと思うのだが。

          2014年11月24日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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2014年11月10日 (月)

内田弘慈さんの逝去を悼む

 カンボジアのシェムリアップで、孤児院「だるま愛育園」を創立した内田弘慈さんが11月5日、現地で亡くなった。77歳だった。
 「東大寺―如庵 愚拙房」の法名を持つ内田さんは、91年、アンコールワットなどの遺跡に関する出版取材のためカンボジアを訪問した。そこで見たものは、まさに泥水をすすって生きる人々の暮らしぶり。多くの子どもたちが下痢や脱水症状で死んでいく過酷な世界だった。

 内田さんは、子どもたちにきれいな水を飲んでもらいたいと井戸堀りを開始、今までに750本以上の井戸を掘り、住民に提供してきた。
 そして、シェムリアップ市内に孤児院「だるま愛育園」を創設、今までに448人の孤児を社会に送り出した。
 最近は体調を壊して第一線から退いていたが、内田さんの蒔いた種は大きく成長し、花開いた。事業を継承してくれる方もおられるようで、内田さんも天国で安心していることだろう。

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【第14回カンボジアふれあいの旅でだるま愛育園を訪問(2009年11月)】

 内田さんが活動を始めた91年は、カンボジア和平協定が締結された年。各地で内戦の砲火が止まないこの時期に訪問したこと自体大変なことなのに、支援活動を開始した内田さんの勇気、英断を心から讃えるものである。

 私は、内田さんより遅れること4年、95年の秋にカンボジアを初訪問した。そして、本会を立ち上げたのがさらに5年先の2000年のことだ。この頃にはカンボジアも落ち着きを取り戻し、支援活動をしやすい環境が整ってきた。
 そうは言っても、遠い異国の地で活動を始めるのは大変なことだったが、幸い多くの支援者に恵まれ、今に至っている。

 内田さんもそうだが、創立者は孤独だ。特に、財政面の苦労はその立場に立ってみないと分からない。 
 NPO法人の代表は会員の中から互選されるので、創立者=代表でなくともよいのだが、現実問題として代表を引き受ける人は少ない。

 本会も、いずれ世代交代の時期がくるだろう。その時に継承がうまく運べば会は安定し、さらに成長し続けることだろう。
 継承とは何か?単に業務だけではなく、創設時の理念を次世代に引き継ぐことが大事である。

          2014年11月17日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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2014年11月 4日 (火)

カンボジアの教育事情について

 カンボジアにおける小・中・高校の新学期は例年10月だが、今年は一ヶ月遅れて11月から。さらに、国民の祝日が11月初旬に集中しているため、新学期は11月中旬になりそうな気配だ。
 全国各地で発生した洪水被害の影響を考慮し、カンボジア政府が決定したそうだが、通常7月下旬から長い休みに入っているので、3ヶ月以上の長期休暇になった。子どもたちは喜んでいるが、教育に力を入れている日本ではあり得ないこと。教育の遅れが心配だ。

 そうかと思えば、カンボジアでは進級や卒業には意外と厳しく、成績が悪かったり、出席日数が足らなくて、留年する子どもたちが結構いるようだ。

 カンボジアの就学率は近年向上しており、小学校の場合は90%を超える。しかし中学校になると70%程度に落ち、さらに高校になると50%を切ってしまう状況だ。
 しかも、卒業を待たずして学校を退学、家計を助けるため縫製工場などに働きに出る子どもたちが多くなっている。

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【1ヶ月遅れの新学期がスタート】

 NHK海外ニュースで、カンボジアにおける高校の卒業試験が話題になっていた。
 カンボジアでは高校の卒業試験を政府が実施しており、例年80%が卒業試験に合格するそうだが、7~8年前からカンニングが横行したため、試験管理を徹底したところ、合格率が26%に激減したという。これはまずいと追試試験を行なったものの、やはり合格率は18%だったそうだ。カンボジア政府、高校生双方が頭を抱えている情景が目に浮かぶ。

 近年、カンボジアは海外投資の対象として脚光を浴びている。しかし、受け入れには人材育成が急務だ。語学、パソコン、会計、接客など、ありとあらゆる分野が有能な人材を求めている。幸い若者の数が圧倒的に多い国、やる気次第でいくらでも夢を実現できる国である。

 親のない子や貧しい家庭の子どもたちが学校へ行けるようにと、本会が10年前に始めた教育里親制度の恩恵を受け、当時小学生だった子どもたちが、中学や高校を卒業する時期になった。中には里親さんの支援を受け、働きながら大学に通っている子もいる。
 国という垣根を超え、教育支援してくれている教育里親さんを、子どもたちは心から感謝している。

 カンボジアの子どもたちを教育支援する「クメール教育里親基金」では、現在約350人の子どもたちを教育支援している。まだまだ沢山の子どもたちが支援を希望している。
 関心ある方、支援をお考えの方は本会事務局へ。(℡03-3991-2854)

          2014年11月10日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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