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2015年1月

2015年1月30日 (金)

カンボジアでの、日本に関するニュースから

 カンボジアの首都プノンペンからベトナムのホーチミン市を結ぶ国道1号線は、途中のメコン川に橋がないためフェリーを使っていたが、この程日本の無償支援による橋が完成、1月14日、完成を祝うセレモニーが行なわれた。

 式典には、カンボジアのフンセン首相、中根外務大臣政務官ほか、多数が出席した。式典の中でフンセン首相は、この橋を「つばさ橋」と命名すると発表した。
 「つばさ橋」は今後仕上げ工事が行なわれ、4月のカンボジア正月前に開通する予定とのこと。プノンペンーホーチミン間の陸上輸送が改善され、今後、カンボジアへの投資が増えるものと期待される。

 日本の支援で完成した橋は、プノンペン市内のトンレサップ川にかかる通称「日本橋」、コンポンチャム県のメコン川にかかる「きずな橋」に次ぐ三つ目となる。この程完成した「つばさ橋」も「きずな橋」同様、カンボジア紙幣(500リエル)に印刷されるそうだ。

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【日本の支援で完成したネアックルン橋】

 もう一つ、新鮮な話題を。
 カンボジアを訪れる日本人は年間18万人を超え、日系企業数は約120社、在留邦人は2,000人を超える。

 観光客はアンコールワットのあるシェムリアップ県に集中しているが、日系企業はプノンペンが多い。そんなプノンペンの繁華街に、日本人商店街「絆ストリート」が誕生した。   
現在のところ飲食店9店舗が出店、さらに今年も、数店舗の出店が確定しているという。

 1月18日には、「第1回プノンペン祭りin 絆ストリート」が開催され、歌や太鼓の競演で賑わった。

          2015年2月2日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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2015年1月21日 (水)

カンボジアのイスラム教徒

 フランスで起きた新聞社襲撃を始めとする一連のテロ事件は、フランスの9・11だという。連続テロに抗議した「パリ大行進」には、各国首脳を始めとする170万人が参加した。言論への暴力は絶対に許してはならないという決意の表れである。

 しかし事件後、仏週刊紙がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を再掲載したことに対し、世界を二分する論争が巻き起こった。日本人の感覚では、表現の自由は尊重されるべきだが、相手に不快な思いを抱かせるような表現は慎むべきという意見が一般的だ。フランスでの世論調査でも、40%が再掲載に反対という結果が出た。

 世界には、多種多様な宗教あり、イデオロギーあり、人種あり、民族がある。それらが皆共存共栄できればいいのだが、中々うまくいかないのが現実だ。違いを否定せず、お互い認め合って、仲良く暮らせる社会が理想なのだが、簡単ではない。

 実はカンボジアにも、人口の約4%に当たる50万人のイスラム教徒がいる。
 ベトナムの中・南部にかつて存在していた「チャンパ王国」の末裔とされる。仏教を信仰するクメール人とは民族が違うようだが、長い年月のうちに同化し、現在は「クマエイスラム」と呼ばれている。クメール語を話し、国籍もカンボジア人だ。

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【カンボジアのモスク】

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【「クマエイスラム」の女性】

 「クマエイスラム」のほとんどがスンニ派で、全国にモスクが410、礼拝所が484、イスラム教の学校が484ある。職業は自由で、最近は縫製工場に勤める女の子が目に付く。
 国民の80%が仏教徒というカンボジアだが、イスラム教やキリスト教を信仰する国民も多く、それぞれの文化、風習を認め合い、共存している。

 目をわが国に転じると、多くの日本人が宗教とは無縁だ。お寺こそあるが、宗教というより仏事のためにあるようなもの。お葬式などの法事でお世話になる程度。お盆だからといって、お寺をお参りする人は少ない。

 戦後70年、日本は成長のピークを過ぎ、成熟期を迎えた。とても良い国になったと思うが、欲をいえば宗教心がほしい。他人を思いやる心が芽生えてほしい。

          2015年1月26日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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2015年1月15日 (木)

国際協力60年に思う

 日本の途上国援助(以下、ODA)で、これまで厳しく制限してきた他国軍への支援を解禁することを定めた「開発協力大綱」を閣議決定すると聞いた。支援の対象を非軍事分野に限定するとはいえ、その国の考え方次第で軍事転用される可能性がある。

 そもそも、日本もかつてはODAの受け入れ国だった。荒廃した戦後の日本に対し、1946年から1951年の間に、アメリカから約50億ドルが拠出され、朝鮮特需とあわせて日本の早期復興に役立った。

 他国からのODAにより復興した日本が、今度は支援する側に立った。最初の形態は戦後賠償の一環として、特に日本が戦争で迷惑をかけた東南アジア諸国を中心に、無償援助が行なわれた。 
 1954年、ビルマ(ミャンマー)への無償援助が最初のODA、つまり国際協力元年だ。勿論カンボジアにも無償援助した。

 その後、日本のODA予算は増え続け、1989年にはアメリカを抜いて世界1位の拠出国となったが、景気が落ち込むとともにODA予算も減少していき、世界で5番目に落ちてしまった。それでも、国の借金が1000兆円を超えるというのに、相当な予算を途上国支援に使っている日本に対し、東南アジアの国々はとても感謝している。

 カンボジアにいても、100人中ほぼ全員が日本に好印象を持ち、ODA支援と私たちのような民間支援を心から喜んでいる。今年は、ベトナムに通じる国道1号線のメコン川に日本のODAで大きな橋が完成する。この種の工事は日本企業が落札することが多いことから、ひも付き援助と揶揄されているが、下請けとして現地企業を沢山使っていることも大きい。

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【日本の無償援助で完成したきずな橋は、カンボジアの紙幣(500リエル)に印刷されている。】

 先の大戦を反省し、戦後賠償としてスタートした日本のODAであるにもかかわらず、初心を忘れ、支援が軍事転用されかねない閣議決定がなされるなら、声を大きくして反対する必要がある。ODA=平和な国造りという構図が崩壊することになるからだ。

 勿論、自国を守るには軍隊も必要だ。近年、日本を取り巻く周辺国からの威嚇が頻発する中、非武装をうたった平和憲法がありながら自衛隊が存在するのもうなずける。

 しかし大事なことは、世界に友人を作ることではないだろうか。戦後70年、ひたすらODAや民間による国際協力によりわが国が信用され、多くの友を得たことも事実である。
 昨日の敵は今日の友、持ちつ持たれつ、多くの国から信頼される国になりたいものだ。

          2015年1月19日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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2015年1月 9日 (金)

今年もまだまだChallenger

 本会が産声をあげて丸15年が経過した。15年間の活動実績については前回のブログで紹介させていただいたが、16年目の今年は一体どんな年になるのだろうか。すべてが良い方向に進むことを願ってはいるものの、そうは問屋が卸さない険しい岩場が待ち構えている覚悟はある。

 大半の国際NGOが抱えている課題の一つが、会の財政問題だろう。一部を除き、裕福な団体にお目にかかることがない昨今の経済事情。ごたぶんにもれず、本会も同様な悩みを抱えている。

 まずは、会員さんの高齢化問題。本会始め多くの国際NGOの運営は、会員さんからの会費や寄付金でなされているが、会員として新規に加入された方も、5年・10年も経てば会社を辞めて年金暮らしになる。当然収入も減るため、やむを得ず退会となるケースが増えている。また、すでに高齢の会員さんが、病気により亡くなるケースも多くなっている。

 高齢化による会員さんの減少はやむを得ないことだが、その分、新たな会員さんを増やす対策も実行しており、会員数としては大きく目減りすることもなく、今に至っている。厳しい経済情勢の中での現状維持は、一歩前進と言えなくもない。

 特に、広報活動は会の生命線である。幸いなことに、今年から会報「アンコールワット」のカラー化に成功した。紙面作りを事務局で行なうことで、会報発行にかかる経費も半減し、且つカラー印刷になったことで、会報を読んで会員になってくださる方が増えることを期待している。

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【カラー印刷となり、とても読みやすくなりました。】

 また、会員さんが寄付しやすいようにと、今年は認定NPO法人の取得を目指して準備中であり、最短で来年度から税の寄付金控除が可能になる。

 もう一つの悩みは円安である。ほとんどの国際NGOが、海外での活動資金を米ドルに換金しているが、アベノミクスによる急激な円安により、活動を休止又はストップを余儀なくされている団体もあるようだ。例えば、3年前に建てた小学校の校舎1棟は約400万円で完成したが、1ドル120円前後の昨今では、600万円かかる計算。200万円の差は大きい。本会が作る井戸も、3年前は1基15万円で出来たが、今は18万円かかる。

 おまけに円安による物価高が続いていて、庶民の暮らしは益々厳しくなった。実質賃金も下降したままだ。賃金とは関係がない年金生活者だが、その年金額も毎年下がる一方。それでも自民党が大勝するのだから、日本の政界は摩訶不思議だ。

 愚痴を言っても解決にならない。金が集まらないから活動をストップするレベルの会ではない以上、何とかするしかない。その危機感があればこそ必ず突破口があるはず、15年前の初心に立ち返り、もう一度頑張ってみようと思う昨今である。

          2015年1月12日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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2015年1月 5日 (月)

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 さて、今年のお正月は久々ゆっくりさせていただいた。例年、お正月気分冷めやらぬ上旬頃からカンボジアを訪問していたが、今年から1月は訪問しないことにした。その理由はいくつかあるが、年も年なので、年末年始は、住み慣れた日本でゆっくりと過ごしたいことが大きい。

 年といっても、昨年末に66歳になったばかり、さすがに20~30代の馬力は衰えたものの、精神的にはむしろ若くなった気がする。神様から「はい、それまでよ」と言われるまで、生涯現役でがんばるつもりではある。

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【今年は、教室のない小学校に校舎を建てる予定です。(写真提供=遠藤啓様)】

 さて、今年のNHK大河ドラマは「花燃ゆ」。吉田松陰の妹(杉文)を中心とした杉家のホームドラマと聞いている。予備知識にと、本屋で吉田松陰語録(斉藤孝著)を買い、正月休みを利用して一気に読んだ。本の中で松陰は「志~こころざし」について「志とは、世のため人のために何かをやろうと思うこと。その志を持ち、一心に生きることが重要だ」と述べている。松陰の抱いた志が門下生に伝わり、明治維新に発展したことは誇張ではない。

 当時は、帝国主義の旗の元、列強諸国がアジアの国々をことごとく植民地化していった時代であり、日本もその危機にあったが、松陰の「諸外国から日本を守る」という志が日本を救ったといっても過言ではない。

 ここで大事なことは、松陰の心境に至らないにしても、志を持つことが大切ということ。志とは、自分のために生きることではない。「将来大金持ちになりたい」といっても、志とはいえない。「大金持ちになって貧しい人のために使いたい」となれば、立派な志である。

 私は20代の頃、賀川豊彦(日本の社会事業家)に心酔し、「世のため人のため」に生きる志を抱いた。その後ずっと社会福祉業界に身をおき、それなりの実績を積んで50歳で退職した。以後、会社経営の傍ら国際協力の世界に転身し、今に至っている。ビジネスもやってきたが、人生の多くを「世のため人のため」に費やしてきたつもりだが、まだまだ道半ばである。

 本会はおかげさまで今年、15周年を迎えた。しかしそれは一里塚に過ぎない。皆さんが軌道に乗せてくれた活動なので、20年、30年と継続して活動を広げていきたいと願っている。

          2015年1月5日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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