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2015年1月21日 (水)

カンボジアのイスラム教徒

 フランスで起きた新聞社襲撃を始めとする一連のテロ事件は、フランスの9・11だという。連続テロに抗議した「パリ大行進」には、各国首脳を始めとする170万人が参加した。言論への暴力は絶対に許してはならないという決意の表れである。

 しかし事件後、仏週刊紙がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を再掲載したことに対し、世界を二分する論争が巻き起こった。日本人の感覚では、表現の自由は尊重されるべきだが、相手に不快な思いを抱かせるような表現は慎むべきという意見が一般的だ。フランスでの世論調査でも、40%が再掲載に反対という結果が出た。

 世界には、多種多様な宗教あり、イデオロギーあり、人種あり、民族がある。それらが皆共存共栄できればいいのだが、中々うまくいかないのが現実だ。違いを否定せず、お互い認め合って、仲良く暮らせる社会が理想なのだが、簡単ではない。

 実はカンボジアにも、人口の約4%に当たる50万人のイスラム教徒がいる。
 ベトナムの中・南部にかつて存在していた「チャンパ王国」の末裔とされる。仏教を信仰するクメール人とは民族が違うようだが、長い年月のうちに同化し、現在は「クマエイスラム」と呼ばれている。クメール語を話し、国籍もカンボジア人だ。

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【カンボジアのモスク】

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【「クマエイスラム」の女性】

 「クマエイスラム」のほとんどがスンニ派で、全国にモスクが410、礼拝所が484、イスラム教の学校が484ある。職業は自由で、最近は縫製工場に勤める女の子が目に付く。
 国民の80%が仏教徒というカンボジアだが、イスラム教やキリスト教を信仰する国民も多く、それぞれの文化、風習を認め合い、共存している。

 目をわが国に転じると、多くの日本人が宗教とは無縁だ。お寺こそあるが、宗教というより仏事のためにあるようなもの。お葬式などの法事でお世話になる程度。お盆だからといって、お寺をお参りする人は少ない。

 戦後70年、日本は成長のピークを過ぎ、成熟期を迎えた。とても良い国になったと思うが、欲をいえば宗教心がほしい。他人を思いやる心が芽生えてほしい。

          2015年1月26日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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