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2015年2月23日 (月)

カンボジアの平和を願い「平和小学校」と命名

 また一人、親しい方を見送った。今月に入り3人目、厳冬が災いしているのだろうか。1年ほど前に体調を崩し、療養していた角田勲先生が2月16日、永眠された。80歳だった。

 21日、先生の自宅に近い練馬区内の斎場で通夜が、22日には告別式がしめやかに行なわれた。私は理事の平古場さんと、お通夜に参列させて頂いた。
 無宗教葬で執り行われ、献花と想い出の写真がスクリーンに流れた。カンボジアで撮った写真も沢山紹介されていた。

 角田先生との出会いは、2001年頃だったと記憶している。何かのきっかけで本会の活動を知り、お住まいが本会事務局と同じ練馬区ということで、奥様の由美子さんと一緒に事務局を訪問してくださった。

 その後、里親会員として活動してくれ、多くの友人、知り合いを紹介していただいた。
 2003年、由美子さんの資金提供により、カンボジア・プレイベーン県、サンポウミヤス小学校に校舎(5教室・平屋建て)を寄贈、2006年には勲先生の資金提供でカンボジア・コンポンスプー県に校舎を寄贈した。カンボジアが平和であるようにと、平和小学校と命名した。

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【平和小学校開校式で(2006年12月) 写真提供=遠藤啓様

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【牛車にのって学校へ(奥様と) 写真提供=遠藤啓様

 角田先生は1935年、群馬県渋川市に生まれた。日本大学医学部を卒業後、同大学の内科に勤務、66年に同僚の由美子先生と結婚、77年、練馬区大泉学園町で内科医院を開業した。2人のお子様にも恵まれた。
 囲碁、ゴルフ、山歩き、アマチュア無線、海外旅行と趣味が多く、晩年には奥様とよく海外旅行を楽しんでいた。社会的に大成された方にもかかわらず、腰の低い人格者だった。

 死後の世界を経験した人は誰もいない。遅かれ早かれ、その日が必ずやってくる。その時に、安心してこの世に別れを告げることができる人は「最高の人生」だったに相違ない。その時になって後悔しないためにも、やれることは何でもやっておこうと思う昨今である。
 ご冥福をお祈りいたします。

          2015年3月2日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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