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2016年12月

2016年12月27日 (火)

第1回「カンボジアセミナー」を開催

 国際協力NGOの大切な役割の一つが、現地の様子を正確に伝えること。単なる支援のお願いだけでは、今一つ、その思いが人の心に伝わらない。

 こうした趣旨のもと、本会としては今年最後のイベントとなる第1回「カンボジアセミナー」を12月23日(祝日)、「JICA地球ひろば」(東京都新宿区市谷本村町)のセミナールームで開催した。

 本会の会報やホームページ、JICAのホームページ、読売新聞(都内版)、東京新聞(都内版)などに事前掲載され、セミナー参加者が35人と盛況だった。

 セミナー内容は3つ。まず、根岸がパワーポイントを使い、本会の現地活動を報告した。
次に、在日本カンボジア王国大使館(東京都港区赤坂)のチャウ・ソティア参事官が「カンボジアの現状」について講演。ラストは、カンボジア人留学生、ノップ・ヴィサールさんによる「カンボジア語講座」。質疑応答も活発で、バラエティに富み有意義な3時間だった。

 また、会場のロビーでは、約2週間にわたり写真展「カンボジアの子どもたち」を開催、セミナーに華を添えた。

 本会では、来年度もカンボジアセミナーを年2回(6月と12月)予定しているが、特に6月には、カンボジア人留学生との交流会や、カンボジア語講座などを計画している。

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【セミナールームが満席になった第1回「カンボジアセミナー」】

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【会場のロビーで開催した写真展「カンボジアの子どもたち」】

          2017年1月2日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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2016年12月15日 (木)

2016年を振り返り

 本会は2000年1月に創立、丸17年が経過した。3年後の2020年は、東京五輪で賑わう中での創立20周年になりそうだ。

 さて、今年も終わろうとしている。今年は本会にとり飛躍の年であり、多難な年でもあった。以下、今年にスタートした新たな取り組みを紹介する。

 《2月》在日本カンボジア大使館、チア・キムタ特命全権大使を表敬訪問した。以後、カンボジア大使館と連携して活動を行うことになった。

 《5月》代々木公園で開催された第2回「カンボジアフェスティバル」に初参加、会のPR活動を中心に出展した。以後、毎年参加する予定。

 《7月》味の素グループ労働組合協議会の事務局長様が来所、来年度より、本会とタイアップしてカンボジア支援を推進していくことが決まった。早速1月には、労働組合協議会がカンボジアツアーを企画、本会の仲介により、小学校に遊具を寄贈することになった。

 《9月》認定NPO法人の資格を取得するための申請書を、東京都庁に提出した。1月に監査が行われることになり、監査が通れば、4月頃から寄付金の税金控除が可能になる。

 《11月》カンボジア政府(窓口=外務省)と向こう3年間の契約(MOU)を取り交わした。多くのカンボジア支援団体がMOUを取得していない中、本会はカンボジア政府からの厚い信頼に支えられ、現地活動を展開している。

 年末になり、テレビ局からの取材依頼が舞い込み、目下準備中だ。内容が固まり次第、会報にてお知らせしたい。
 この他、カンボジア語講座、カンボジアセミナーなどの啓発活動を始めた。

 一方、今年も有力な会員さんを見送った。
 5月12日、最も大きい支援者の一人だった鈴木千雄さんが突然逝去された。77歳、心不全だった。突然の訃報に右往左往の日々だった。
 8月4日、本会設立当初から理事を務めてくれた山本哲朗さんが逝去された。93歳、老衰だった。
 この他、数人の会員様が天国に旅立った。

 カンボジアは都市部で著しい発展している中、地方では貧困にあえぐ人たちが沢山いる。特に、教育を受けることさえままならぬ子どもたちの存在は看過できない。
 会を創設した時の精神を忘れることなく、今後も活動を継続していく。

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【今年も沢山の教育里親さんが現地に足を運び、感動の対面をはたした。(写真提供=遠藤啓様)】

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【「カンボジアふれあいの旅」を年3回実施、沢山の子どもたちに学用品を届けた。】

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【夢ホームの子どもたちも大きく成長し、新しく入園した子どもが多かった。】

          2016年12月26日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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2016年12月12日 (月)

なぜ冷たい社会になってしまった?

 12月10日、横浜のレストラン「サンアロハ」で、恒例の忘年会を開催した。慌ただしい年末にもかかわらず、今年も14人の会員さんが集まってくれた。

 ついでに、私の誕生日も祝ってくれた。翌日の11日、68歳になった。あと2年で古稀、昔70歳は稀にみる年齢ということで、古稀というそうだ。今70歳で死ぬと「早すぎる死」と言われてしまう。
 私が生まれた昭和23年の平均年齢は55歳だったそうだ。68年後の今、男女平均82歳になり、27年も伸びたことになる。

 68年を振り返ると、日本はまさに脅威の経済成長の連続だった。最近でこそGDPで中国に抜かれたものの、豊かで平和な日々が続いている。
 少子高齢化が進み、国家財政も危うい状況ではあるが、国民の金融資産が多く、まだ他国のお世話になってないのが幸い。社会保障も充実していて、それなりに暮らしやすい国になった。

 しかし、最近の世相を垣間見る限り、私たちが理想として追い求めてきた将来像にほど遠い現実がある。一言でいえば、冷たい社会になってしまったということ。財布は温かくなったが、心は冷え切ってしまった感がある。

 端的な例が子どものいじめ。新潟で起きた、福島県から移住してきた子に対するいじめが世相を反映している。先生もいじめに加担していた。全国各地で起きている、いじめを苦にした自殺もそうだ。
 ワタミや電通で起きた過労自殺も、とことんまで人を追い詰め、死に追いやる根っこは同じ。これらは氷山の一角に過ぎず、過労死寸前のサラリーマンは五万といる。

 今年も年6回、隔月にカンボジアに滞在した。体力的にきつくなってきたが、カンボジアにいると安心する。経済は貧しいのに心が豊かだから。

 私が子どもの頃、日本には物乞いが多かった。最近はホームレスがいるものの、物乞いは皆無に近い。それはそれで国が豊かになった証左ではあるが、物乞いに恵んであげる人がいなくなったことも事実だ。人が冷たくなったのだ。

 カンボジアに行くと、物乞いが溢れている。確かに貧しいから物乞いになるのだが、カンボジアの人たちが物乞いにお金をあげる光景をよく見かける。需要と供給の関係が成り立っているのだ。国民が助け合って生きている一面を見た。

 カンボジアの小学校で、いじめについて校長先生に聞いたことがある。多小のいじめはあるが、子どもを死に追いやるまでのいじめは聞いたことがないそうだ。カンボジアの子どもたちは貧しいが、心は豊かなのだ。あの屈託のない笑顔と純真な眼差しがその証拠だ。

 さて来年はどんな年になるだろうか?意気消沈していては前に進まない。私なりに訴えていきたいと思う年末である。

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【5月に亡くなった鈴木千雄さんが寄贈したカンボジアの小学校で学ぶ生徒。遺影を抱いて悲しんでくれた。 写真提供=遠藤啓様】

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【日本人が寄贈した井戸の水を飲むカンボジアの子どもたち 写真提供=遠藤啓様】

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【靴を買えない貧しい子どもたちだが、心は豊かである。(カンボジアの貧しい村で)】

          2016年12月19日(月) 根岸恒次(法人理事長)

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