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2018年2月18日 (日)

日野原先生の生き方に学ぶ

 昨年7月、医学博士で聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生が亡くなった。105歳だった。

 日野原先生の功績については言うまでもなく、戦前・戦後を通じて、医療の進歩に多大な貢献をされた方であった。

 日野原先生の人生において忘れてならないのが、1970年に起きた「日航よど号ハイジャック事件」に遭遇したことだ。

 たまたま乗客として乗り合わせ、3日間も機内で不安な日々を過ごされたそうだ。
 その後運よく開放されたが、先生は著作の中で「あの時、私は一度死んだも同然だ。これからの人生は余禄のようなもの。人の為に尽くす人生を全うしたい」と話している。

 日野原先生には足元にも及ばないが、私にも似たような体験があった。
 カンボジアの支援活動を始めた頃の1997年7月、政権の奪い合いで、当時の2大政党が武力衝突した。

 その時はまだ「21世紀のカンボジアを支援する会」はなく、私は別な支援組織の事務局長をしていたが、たまたまプノンペン市内で活動していて紛争に巻き込まれ、約1週間、泊まっていたホテルに軟禁状態となった。

 空港も閉鎖され、日本にも電話が通じず、不安な日々を過ごした。日本人が1人、流れ弾に当たり命を落とした。ホテルにも銃弾が流れてきて、あの「キューン」というあの音はまだ脳裏に焼き付いている。

 幸い衝突が収束し、その後無事に帰国できたが、その時に「もう何があっても怖いものはない。一度死んだつもりで、支援活動に力を注ぎたい」と思ったものだ。

 あれから21年が過ぎ去り、カンボジアも大きく変わった。政情は相変わらず不安定だが、高度経済成長を実現し、国民の暮らしぶりも当時に比べると、格段にレベルアップした。

 しかし、支援活動を必要としている貧農の村も沢山残されたままだ。カンボジアに行くと、もっぱら地方巡業の毎日である。

    

        2018年2月18日(日)        根岸恒次(法人理事長)








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