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2018年4月23日 (月)

国は成熟したが心が貧しくないだろうか

 わが国は戦後73年が経過した。諸問題があるにせよ、それなりに成熟した国になった。

 人は心に余裕ができると、内面的なことを考え始める。「なぜ生きるのか?」「人生の目的は?」「生きる意味は?」「そもそも自分はなぜこの世に生まれてきたのだろうか?」などなど。

 私の世代(団塊世代)は、若いときは無我夢中で、生きていくため必死で学び、働いてきたから、そんなことを考える余裕がなかった。Photo_2
   当会は毎年20~30基の井戸をカンボジアの小学校や村に
   寄贈している。原資は日本人からの寄付金。

  しかし定年を迎え、さらに60代、70代ともなると、さすがにやることがなくなってくる。 
 そんなときに、ふと自分の人生を振り返る。「これでよかったのかな?」と。

 ところが最近は、若者が人生について悩む時代らしい。
 何もかもが満たされている飽食の時代、少子化の時代に育った今の若者にとり、ある意味住みにくい世の中かもしれない。

 私も立場柄、若人との付き合いの中で、「生きる目的はなんですか?」と質問されることがよくある。その時の私の答えは「生きる目的なんて最初からないんだよ。あるとすれば、目的を探すことが生きる目的だろうね」と、つれなく回答する。

 ただ言えることは、アンバランスな世界に対し、なるべく公平に幸福を分かち合えるように活動することが、少なくとも私の生きる目的というか、活動の源になっているのは間違いよと、若者に話すと、皆納得してくれる。

 例えば、日本に住んでいると、水不足なんて緊急事態でもなければ考えたことがない。
 しかしアジア・アフリカに行けば、状況は一変する。毎日が水不足との戦いである。                          
 そんな理由から、水を豊富に使える日本人が、水不足に悩む人たちに井戸を作ってあげる行為は、アンバランスな世界を変えていく力になるだろう。

        2018年4月23日(月)        根岸恒次(法人理事長)

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