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2020年1月

2020年1月25日 (土)

大雨の中、着工式が行われました

当会は2003年に小学校校舎の建設を開始して以降、2019年12月までに、カンボジア全国に33の校舎を作り、それぞれ地元に贈呈しました。
 
 特に当会は、援助の手が届きにくいへき村の小学校を中心に校舎を贈呈してきました。
 その中で印象深かったのが「ソリヤ小学校」(コンポンスプー県オラル郡)の着工式でした。
 
 プノンペンから車で4~5時間かかるへき地で途中から道が途切れ、あとはバイクか、木材運搬車に乗るしか方法がありませんでした。
 
 2015年9月17日、雨季の真っ最中で大雨の中行われましたが、途中から木材運搬車に乗り換え30分、着いた時はずぶ濡れでした。座り心地が悪く、腰が痛くなりました。
 それでも着くと、地元の皆さんが着工式の準備をしてくれ、無事終了しました。
 帰りは雨がやんでいましたが、再び木材運搬車に乗せられて30分、広い道に出た時は感無量でした。
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2020年1月22日 (水)

活動21年目を迎えるに当たり思うこと

                        活動21年目を迎えるにあたり思うこと
 
 最近、1年ぶりにカンボジアを訪問した会員さんが、開口一番漏らした感想は「中国人が増えましたね!」でした。さらに「カンボジアが中国化してくのを目の当たりにし、行きにくくなりそう」とも話しました。事実ですので、返答に窮してしまいました。
 
 ただこれはカンボジアに限らず、ほかのアジア諸国、遠くはアフリカ諸国にも見られる傾向のようです。ですので、私たちはこれにひるむことなく、粛々と活動目標を遂行していくことが大切と思います。
 
 2000年にスタートした当初は支援中心でしたが、やがてカンボジアも経済成長の波に乗り、都市部とその周辺に工場が乱立、カンボジア国民の暮らし向きがやや上向いてきた昨今、従来通りの支援一辺倒では、活動が行き詰まってしまいそうです。
 

 そこで当会はここ数年来のコンセプトとして、支援&交流を並行して行う方向性を、ほぼ確立しました。この3月、カンボシアの小学校で実施する「子どもフェスティバル」(運動会)も、その一環で行います。さらに、カンボジアの小学校で出前授業と称して、日本文化や音楽の紹介などを実施しています。
 
 カンボジア側も、当会が支援と交流を並行することに、一定の理解を示しています。活動21年目以降、この方向性をさらに色付けしてまいります。
 

 とはいえ、カンボジアでも援助の手が届きにくいへき地・へき村に住む住民や子どもたちは、20年前とほぼ変わりなく、貧しい暮らしを強いられているのも事実です。そこで暮らす人々は、相変わらず私たちの支援活動を待ち望んでいます。「交流より支援がほしい」、これもまた本音ではあります。
 
 貧しい村の子どもたちを訪問する際、手ぶらでは行きません。かならず小さなお土産、プレゼントを持ち、子どもたちにあげます。ささいな贈り物ですが、手を合わせ心から喜んでくれます。
 
 支援と交流、このバランスを取りつつ、活動を推進してまいります。
                   【写真=飴玉一個が支援の入り口】

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2020年1月17日 (金)

イラクで亡くなった小川功太郎さんを偲ぶ

創立20周年記念誌を製作しています。              

4月11日の記念祝賀会に間に合わせるため、日夜原稿書きに勤しんでいますが、過去の写真を見るにつけ、涙がこみ上げてきます。
年を取ると涙腺がゆるむようですね

この20年間で沢山の仲間を天に送りましたが、志半ばで逝ってしまった友に思いを馳せています。

2002年~2003年にかけ、カンボジア訪問旅行の時に何度かガイドしてくれた現地旅行会社勤務だった小川功太郎さん、笑顔が素敵でした。

彼は翌年、叔父の著名なカメラマンだった橋田信介さんとイラクに渡り、武装勢力の銃撃を受け橋田さんと一緒に死亡しました。まだ三十代の若さでした。

緊迫したイラク情勢を私たちに伝えようと、危険をかえりみず戦場に散った若者がいたことを、一生忘れずに生きていきたいと思いました。

【写真=左が小川功太郎さん、遠藤啓 さん提供】

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上山陽子さんが音楽指導

 1月10日、11日の二日間、カンボジアの小学校で当会会員の上山陽子さん(奈良県)が、ピアニカによる音楽指導を行いました。併設する幼稚園では、遊戯指導を行いました。
(コンポンスプー県チュバモン郡、ソムブール小学校)

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2020年1月 7日 (火)

クリスマスと年末をカンボジアで過ごしました

12月18日~30日、カンボジアに滞在しました。今年になり7回目の滞在でした。

 乾季なので雨は一滴も降らず、連日30度超えの猛暑が続きました。寒い日本では考えられないことです。
 
 通常年末年始は日本で迎えていますが、12月に小学校の贈呈式があった関係で、クリスマスと年末を初めてカンボジアで迎えました。
 
 しかしそこは日本人、お正月は日本で迎えたい一心で、大晦日の31日に帰国しました。

 カンボジアのお正月は4月、1月1日はインターナショナル正月で祝日になっていますが、お正月の雰囲気は感じられませんでした。年末も、日本のようなせわしさはなく、淡々としていました。
 
 クリスマスも同様。日本では大半の国民がにわかキリスト教徒になりますが、カンボジアはガチな仏教国、国民にキリストの生誕を祝う気持ちはないように見受けられました。本来そうあるべきと、異国に来て思いました、日本がおかしいのです。
 
 治安は、11月より安定してきました。11月に訪問した時は空港始め至る所で軍隊を見かけましたが、今回は一度もありませんでした。経済活動も順調のようでした。このまま推移してくれることを望みます。

 ひったくり、置き引きなどの被害が多いのは相変わらずです。特に、金持ちと思われている日本人は格好の標的です。日本にいる時のように無防備だと、一瞬のすきにひったくりに遭います。件数が多いので、警察も取り合ってくれません。
 
 交通事故は相変わらず頻発していました。身近なところでも、知り合いが交通事故を起こし2人を死なせてしまいました。自動車保険が皆無に近いので、1人当たり3千ドル(33万円)を払って示談したそうです。カンボジアでは人の命が3千ドル!信じがたい金額です。


 交通事故の年間死者数は1000人超と聞いています。ひと昔、日本は交通事故死が1万人を超えていましたが、昨年は3200人と、ピーク時の三分の一に減りました。関係者の並々ならぬ努力、国民の安全意識が向上したことによります。カンボジアも日本を見習ってほしいです。

 麻薬の蔓延も、カンボジア社会が抱える大問題です。カンボジアは隣国と陸続きですので、どこからでも安価な麻薬が流入します。ここは国を挙げて防止しませんと、国の将来が危ぶまれます。
 
 世界がきな臭くなってきました。カンボジアは今の所平和が続いています。二度とポルポトのような独裁者に独走を許してはなりません。この平和を末永く持続してほしいと願います。

【写真=プノンペンのリバーサイドでくつろぐ市民や子どもた ち】

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2020年1月 3日 (金)

明けましておめでとうございます

         新年あけましておめでとうございます。
    今年もよろしくお願い申し上げます。
 
 当会は2000年1月1日に創立、今年の元旦に丁度20歳になりました。
 
 春には、創立記念祝賀会、創立記念誌の発行などを予定しておりますが、その前に朗報があります。

 昨年末、当会創立20年に当たり、カンボジア王国政府から「カンボジア王国友好勲章」を頂きました。しかも、歴史の教科書にも載っている、ヘン・サムリン国会議長が直々にお渡しくださいました。
 
 ヘン・サムリン氏は、1979年にポルポト政権を倒し、ヘンサムリン政権を樹立した方で、現在もなお国会議長として活躍しておられます。

 カンボジア友好勲章はサハメトレイ勲章とも呼ばれ、カンボジア国王の勅令によりカンボジア政府から与えられる栄典です。1948年に創立されました。
 
 この友好勲章は、友情の証として、カンボジアの国王と国民のために、対外関係や外交の分野で傑出した貢献を果たした外国人に与えらるもので、日本人は数人しか受賞しておりません。

 しかしこれは私個人が頂いたものではなく、当会を支援してくださった多くの皆様が頂いたもので、私が代表して頂いたものに過ぎません。

 皆様と一緒に、この栄誉を分かち合いたいと思います。

【写真=ヘン・サムリン議長より勲章を頂戴した時の写真と友好勲章】


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